売れた時の喜び大きく、やりがいを感じた20代前半の体験談。現在60才の僕が社会人スタートを切ったのは、20代前半ですから、もう40年近く前の話です現在の参考になるのかわかりません。
ただ、「新車を売る」という仕事の喜びや苦労、大切なことは時代を経ても不変のものがあるように思います。当時「自動車の営業ができれば、なんでも売れる」と言われた世界、裏を返せば、なんでもしなくては出来ない非常に困難な仕事だったとも言えます。

門戸は広く、いわば誰でも入れる世界(普通の人でしたら・・・)ではありましたが、当時の同僚は現在
各販売チャンネルの店長など要職についていて、時々話もしますが、顧客の満足度CS(カスタマーサティスファクション)を満たし、代替えや紹介を得ていく事が大切であることは今も昔も変わらないと言っていました。
これは車に限らず、どの営業職でも共通ですね。
なんにも考えず、将来のビジョンもなく、大学で好きなように遊んでいた僕も4年生になると、進路を決めなくてはいけなくなりました。関東の大学から故郷四国に帰ることは決めていました。関東での就職も視野に進路をいろいろ考えている時、10円玉がガチャガチャ落ちるアパートの共同電話で、「帰ってほしい」と涙声で母に言われ・・・「帰るか」と、決心しました。
バイク・車好きは異常なほどでしたから、父が知人を頼って紹介してくれたのが地元の新車ディーラーでした。試験あったかなあ?面接はありました。大昔のことで忘れました。ただ「車が好きだから」という理由だけで飛び込んだ大海原でした。

入社したディーラーでは、すぐメーカーの研修センターで数日間の研修を課せられました。研修で最初に習った言葉が「車を売る前にまず自分を売れ」でした。当たり前のことですが、ぽっかり訪ねて来たセールスマンが「新車購入はどうですか?」と言われても、いきなり失礼ヤツだなと追い返されるのがオチですよね。
何度もご挨拶だけに伺い、世間話が出来るようになれば、車の買い替え時期がくれば、声もかけてもらえるかもしれないし、知人を紹介してくれるかもしれません。講義は接客マナーや身だしなみといった社会人として当たり前のことを一通り学び、営業でよくある状況を想定しロールプレイング形式で学びました。

お客さん役はわがままで好き放題な要求をしてきます、セールス役はイエスバット法などセールストークで、
お客さんの気持ちを逆なでしないように配慮しながら、切り返す話術、「仰る通りです、しかし実は○○なんです」という返しです。
全国のディーラーに入社した新人セールスマンが対象の研修ですから、各地区特有の個性的な人たちとの交流は楽しいものでした。関西の声が大きく自己主張の強いイケイケタイプも、九州の「男おいどん」タイプもいました。(個人の感想です)
おおむね新卒のフレッシュマンですが、自衛隊あがりの30代の方もいました。そんなオリエンタルなメンバーが、客役になり、営業役になり芝居をするのですから「そこでその返しをするかっ!!」と、時に大爆笑になったものです。夜はそんな仲間とお酒もありの懇親会で、とても楽しい想い出となりました。

会社に帰ると、メーカー採用の新入社員が、各県のディーラーに研修に配属されていました。メーカーに入社している人たちはいわゆる「エリート」です。名のある大学を優秀な成績で卒業し、厳しい試験や面接を勝ち抜いた「勝ち組」(あまり好きな表現ではありませんが)です。
片や地方のディーラー営業は、言葉は悪いですが「来るもの拒まず」売れれば残れ、売れなれば淘汰される
「捨て駒」(これまた表現が悪くてスミマセン)です。本当に失礼な表現で、営業職の方々からお叱りを受け
そうですが、昔の「営業」は実際そんな感じでした。
彼らメーカーからの出向者は、メーカーの各部署で活躍するために、販売現場の苦労を知っおいてね、
というスタンスで、10日程度(だったかな?)地方ディーラーでのセールス体験積めば、メーカーに帰って
デスクワークとなる人たちです。

一方、僕たちは、これからが長い長い営業生活のスタートラインに立ったところです。当時の営業はコツコツとエリアを回って、自社ユーザーに「調子伺い」をすることから始まりました。僕たちはテリトリー別のお客様
リスト(自社ユーザー中心、メーカー同系列ユーザー)とゼンリンの地図を営業車に放り込み、営業スタートしました。まずは、「誰が一番先に1台売るか!」勝負です。
負け嫌いな性格ゆえ、真夏にもかかわらず、一軒一軒しらみつぶしに回りました。エリートのメーカー出向組にだけは絶対負けたくないし、同期の3人にも負けたくない。Yシャツが濡れて下着が透け、カタログや価格表でずっしり重い営業カバンで腕はちぎれそうに感じますが、こつこつと、1日に30軒くらいは歩いて訪問しました。(※現在はこういった飛込営業という形態ではなく、来店されたお客様の対応型に変わっていると聞いています。)

昼間、普通に仕事している方は、当然ながら家にいません。いるのは犬か爺ちゃん婆ちゃん くらいで、「ピンポーン」「・・・・・・・・・・・・」「ピンポーン」「はいはい、息子は夜にならないと帰りませんよ・・・」「ピンポーン」「わんわんわんわんわん!!」「ひえ~~~」大体こんな感じです(笑)売るためには、夕方アポイント取って、職場に行くか、夕方訪問するかと分かるのは後の事でした。
時には、「なんだ、うるせえ!」「セールスか、帰れ!」って怒鳴られもしましたし、(夫婦喧嘩の直後だった?あるいは、夜のお仕事でお休み中起こされた?)自動車修理工場に伺「お世話になります」って挨拶すると、「別に世話した覚えはねえぞ」と、けんもほろろにいなされたり(笑)理不尽な対応もされますが、そこは我慢です。
社会人デビューしたばかりの僕は、まだ真っ新なフレッシュマンで、怖いもの知らず希望を胸に「一生懸命」
仕事をしていました。「犬も歩けば棒に当たる」、汗だくでエリアを回っていたとき、リストには乘っていないお宅の前を通りかかったとき、50代くらいの男性が「暑いのに大変だね」と、声をかけてくださいました。
梱包資材(お弁当箱など)をホテルや飲食店に卸す自営業者さんで、他社の箱バンユーザーでした。
ちょうど明日配達の梱包資材を積み込みが終わったタイミングで、「冷たい麦茶でも飲んでいきなさいよ」と、家に入れてくれました。名刺を渡し、すこし世間話をしていると、「ちょうど車も替えようと思ってたんだ」
との事。
東西に長い県内を、大量の梱包資材積んで長距離走り回るので、5年も乗ると車もガタガタになるようで
「一度下取り査定してみてよ」とのこと。喜び勇んで会社に帰り、上司に報告その後、先輩に同行して頂き
初めて注文書にハンコをもらい、翌日の朝礼で先輩たちから拍手で第1号の実績を称えられたことを昨日のように覚えています。

そして、嬉しいことにそのお客さんが同業者を紹介してくれ、2台目もすぐに受注できました。
(同期もメーカー出向組もまだ1台も売れていません)お客さんは、その時の僕について「一生懸命働く姿に
好感をもった」と後日話してくれました。その言葉が「僕は営業に向いている」という「思い込み」となった
ようで、のちに転職した異業種でも営業職を希望する原点になった気がします。
サラリーマンですから、1台売ったからといって大きなインセンティブはありませんが、心が通じ、いいものを買ってもらい、喜んで頂き、紹介を得る。営業の喜びはそこにあると思います。こうして僕の長い社会人
営業人生は順調にスタート切ったのでした。
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