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転職体験

【転職体験】イメージに憧れ失敗した二回目の転職、建設技術者から外資系生命保険営業へ、考えが甘く約半年で退職した話

【転職してみて感じたこと】

・ほぼ自営業の世界、売れなければ給料は減っていく

・外資系金融というイメージに憧れたが、営業先で心が折れた

・相当イケイケな人でないと、仕事は続かない

【転職したいきさつと内容】

地方の大手建設会社で営業をしていた僕は、30代半ばで建設技術者に転向、仕事は
大変ながらも安定した高収入を得て育ち盛りの子供二人を養うため懸命に働いていました。

ところが、不況のあおりを受けて業績が急激に悪化した会社は、倒産の危機に立たされ、
倒産の一年前、40代前半でリストラの憂き目に遭いました。
働き盛りで、妻と小学生の子供二人を抱えてまさかのリストラに困惑しました。

まだ港湾工事で現場監督している時でした、建設業界の不況は深刻で、地元大手建設会社が次々と倒産していき、○○建設が倒産した、今度はは○○組がつぶれた・・・と、だんだん
対岸の火事では済まなくなってきていました。40歳以上の社員が次々とリストラされていき、明日は我が身かと日々不安は募る一方でした。

そんな時、小学校時代の友人から「一度会いたい」と、連絡がありました。てっきり、
マルチ商法宗教だろうと、コーヒーだけゴチになってトンズラするハラでした。古い
知人からの「会いたい」は大体これでしたから(笑)

彼は、小学校の頃から勉強が出来て、県内一の進学高校を卒業しいい大学を出ていましたから、「できるヤツ」と、認識していました。そんな彼の名刺を見ると「外資系保険会社」の
名前が横文字でカッコよく見えました。

少し昔話をして、やおら小型のノートパソコンを取り出した彼は、スマートに紙芝居の
ようなスライドを使って、現在の日本の出生率やら、老後に必要な生活費と資産形成の
方法などを説明してくれました。

今日は保険の売り込みか?と思ったら、「セトギワくん一緒に仕事しない」と彼。え?
戸惑う僕に、さらにスライドを続け、世界的な保険グループの会社で健全な財務状況
経営体制で安心して働ける会社だと説明してくれ、最後に「やればやるだけ稼げるよ」
妙に説得力がありました。

僕がクンクン興味をひかれたのは、頑張り次第で1000万円以上の高収入も可能という話
「一度、マネージャー紹介するから会社においでよ」と誘われ、会いに行きました
物腰が柔らかく誠実な印象のマネージャー(支部長)から、現実的な話を聞きました
夢みたいな話は聞きましたが、実際どうなんですか?」と、直球を投げました。

そんなに稼いでいる人は一握りで、ほとんどは普通かそれ以下の収入。やる気があれば、
稼ぐことは可能だが、楽に稼げるほど甘くはなく、辞めていく人も多いという回答でした。

<strong>リッキー</strong>
リッキー

結局どっちよ

つまり、自分がいくら欲しければ、どれだけ何を売るか?といった禅問答の世界
一休さんの「そもさん」「せっぱ」みたいな・・・

「お金は欲しいか?」「欲しい」 「どうやって稼ぐか?」「保険売って稼ぐ」
「どうやって売る?」「人脈を生かして売る」・・・結局、自営業の世界だという事ですね。

建設技術者として頑張ってはいましたが、会社の先行きが不透明で、仕事はきつかったので
僕の心はぐらつきました。「外資系」「ノートパソコン片手にスマートな営業」
「年収1000万」といったイメージが先行して、「よし、やってみよう」営業経験は豊富だ! 僕の気持ちはすっかりそっちに向かっていました。

生命保険の営業に転職を考えている事を家族に伝えると、周囲は ほぼ全員反対しました。「不安定だ」「続かない」「女の仕事だ・・・」

特に東京で週刊誌の編集(のちに編集長)をやっていた弟は見識が広く、兄ちゃんの性格
では保険営業は無理だよとバッサリ切られ、いったんは断念しました。

その後、とうとうリストラをされ、再びリクルートとなった時、選んだ仕事が、くだんの
「生命保険営業職(以下:募集人)」でした。どうせ転んだんだ、もう一度転べば、
もう一度立ち直るまでだ。入社すると、同じ建設業界から数人先輩がいて、建設営業時代
から知っている人もいました。

入社後に知ったのですが、当時の保険業界では「スカウティング」が保険販売と同じように
営業の大切な仕事でした。つまり小学生時代の友人は、僕をスカウトして実績を上げていた
のです。

建設業界は前述のような状況でしたから、会社が倒産したりリストラされた人、なかでも
営業職だった人は、僕と同じような流れでスカウトされて来ていました。
皆一様に目を輝かせて希望に胸を膨らませていました。

<strong>リッキー</strong>
リッキー

なぜスカウトするの?

他業種で営業経験がある募集人になると、自分の親兄弟、親戚、知人、友人、前職の同僚
など、少なくとも100人くらいは営業先があり、仮にそのうち5人が保険契約してくれ、
一年で募集人が辞めたとしても、その契約の大半は「保険会社」の契約として残るからです。

自動車の営業などと違う点がそこで、終身保険などは、いったん契約したら、その名の
とおり、一生保険会社にお金が入る「財産」となりますから、一件契約取るより一人
スカウトする事が会社の利益になるのです。

<strong>リッキー</strong>
リッキー

なるほどね

最初にした仕事は、100件の人脈を棚卸し。営業先のリストアップでした。40年以上も
生きていると、100人くらいは人脈があると思っていましたが、実際はもう十年も音沙汰
無い人を選定しても無理があり、苦戦しつつ、なんとか100件の「アタックリスト」が完成

そして、広島にある中四国支社へ約一週間の研修に行き、商品知識や営業マナーなどを学び
ました。ここは、自動車セールス時代にも経験していて慣れたものでした。

今ほど個人情報を気にしないおおらかな時代でした。さりげなく住所を聞き出すテクニックや、職場に押しかけても嫌われない時間帯など、元ベテラン募集人だった人からレクチャー
を受けました。

Young businessperson working in a clean office

思い起こせば「生保のおばちゃん」「アメとアンケート」持って絶妙なタイミングで
職場に来てたっけ・・・(笑´∀`)

研修から帰ってくると、「紙芝居」の反復練習です。マネージャーを仮想のお客様として
九官鳥みたいに繰り返し、丸暗記するほど「保険の必要性」と、「会社の健全性」を叩き
込まれました。

もともと、破綻した国内大手の生命保険会社が母体です。世界的にも有名な金融保険グループの傘下として再生したのですが、国内では知らない人も多く、まずは「信用」してもらうことが最優先でした。そのうち、あぐらをかいて宙に浮くくらい洗脳されていました(笑´∀`)

そして、意気揚々と派手なネクタイ締めて営業先に向かい始めましたが、100件を回っても
数件しか成果は出ず。雀の涙くらいの固定給だけでは生活できないと焦り始めます。

また、建設業営業青年部時代から慕っていた同業他社先輩に言われた
「俺は銀行と保険屋が嫌いだ」という言葉に心が折れ、だんだんやる気を
無くしていき約半年で退職することになりました。
(その挫折体験は仕事体験カテゴリーで詳しく書きます)

<strong>リッキー</strong>
リッキー

早すぎやろ

【二回目転職時の時代背景と現在について】

当時、契約や物販は基本的に「対面販売」が主流でした。営業マンは様々な場所に
人脈を広げ、アンテナを張って情報収集し、身だしなみや言葉遣いに気を遣いながら
契約にこぎ着けていました。どの業界でも売る人は「顔が広く気配りのできる人」でした。

今もそうですが、当時は靴を何足履きつぶしたとか、給料のほとんどは「飲み会」で使い
顧客のほとんどがそこからの人脈といった猛者もいました。

保険の募集人というと、戦後の未亡人が発祥らしく、夫を亡くした婦人が、「生活に困窮
しないよう万が一に備えておきなさいよ」といった販売形態だったようです。

ベテランと若い生保レディが、昼休みに職場に訪れ、オジさん相手に挨拶回りといった
光景も、昭和の会社の日常でした。

現在、保険業界はネット保険にシフトしつつあります。好景気と言っていますが、それは
株式市場の話で、庶民(僕もそうです)は、給料は上がらないのに果てしない物価高に
苦しめられ、生活困窮者が増え続けています。

物販もそうですが、社屋や店舗の地代家賃などがかからない、「安いWEB上の店舗」
主流となり、質問フォーマットに年齢や家族構成などを入力していけば、「ライフステージ
に応じた最適な保険」を提案してくれるようになりました。

保険会社を選ぶというより、医療保険は○○生命のこれ、がん保険は○○生命のこれ、
という風に商品を比較して組み合わせる販売スタイルになってきました。

ネットでも「保険の窓口」的な比較サイトが多く、迷ってしまいますが・・・

従来の「今のあなたにはこれが必要、お勧めですよ」と募集人が売り込む形態から変わり
つつありますが、生涯を通して考えたら高額の保険料を支払う契約をするのですから、
ネットでホイホイに不安を感じ、専門知識を持ち、信頼できる募集人と契約するほうが
安心な人もいるでしょう。

【今、転職を考えている方へ】

令和6年1月31日現在、能登地方を襲った大地震の復興も道半ばなのに、経済は空前の
好景気に沸きあがっています。転職にはチャンスかも知れません、企業は新たなビジネス
に惜しみなく投資しようとして人材を求めています。

ほんの腰かけ程度しか在籍していない僕が、保険業界を語る資格はありませんが、今から20年近く前、建設業界など他業界の営業から転向した当時の仲間(約10人)で、生き残っているのは、1人です。

彼は、スカウトと営業で実績を積み、現在地方の営業所で10人程度の募集人を束ねる所長として活躍しています。イケイケな性格で、少々言われようが「への河童」な性格だから生き残ったのでしょう(笑)

ただ、いい大学を出て、国内生保の幹部社員として、つまり最初から「支部長」として

入社した場合は、経験を積めばやがて1000万円以上の安定した報酬が保証されます。
一流の金融機関の管理職ですから当然高給です。

僕の年上ゴルフ友達も、かつて大手国内生保の支部長でしたが、いいときは1000万円以上
の年収はあったそうです。

ただ、募集人は、前述のとおり、「自営業」です。経費は自分持ち、確定申告も必要です。
やる気次第では稼げますが、売れなければ「廃業」の厳しい世界です。
よくよく考えてチャレンジしてください。

【最後に】
自分の失敗体験を述べて、保険の募集人が「良くない仕事」かのように書いていますが、そんなことはありません。僕が不適合だっただけで、一握りの成功している方々はいます。
(僕の周りにはいませんが)

以前、雑誌で外資系(たしかプレデンシャル生命保険)の男性トップセールスマンが特集されていて読んだ記憶があります。彼の行動パターンを実行すれば、他の営業でも必ずトップセールスになると感じました。営業の基本は同じなんでしょうね。

以下、自分の乏しい知識では不十分ですから、AIに質問をしてみました。ご参考までに。

「保険のトップセールスマンは誰?」
保険のトップセールスマンは、多くの保険会社でMDRT(Million Dollar Round Table)と呼ばれるグループに所属する人々です。MDRTは、世界中の生命保険および金融サービスの専門家が所属するグローバルな独立した組織であり、卓越した専門知識、厳格な倫理的行動、優れた顧客サービスを提供しています。

ただし、保険会社ごとにトップセールスマンを選定する方法は異なります。
と、回答されました。

続いて、「トップセールスマン 成功 秘訣」と質問すると
自信を持つ: 自信を持って、自分が売る商品を素晴らしいものだと思っていることが重要です。お客様に価値を提供する: 営業は物を売りつけることではなく、お客様に価値を提供することが重要です。

PDCAを忘れない: 日々、ダメな部分の改善と実践を繰り返すことで、強固な勝ちパターンを作ることができます。

望ましい売る相手を見つける: 望ましい売る相手を見つけることが重要です。自分にとって望ましくない嫌な客は最初から断ると決めて良いです。

望ましい売る商品を探り当てる: 無条件で「欲しい! 一番いい! 」と言ってくれる人に、何を伝えたら「欲しい」が「買います」になってもらえるかを聞くことが重要です。

と、回答がありました。

最後まで読んでくださってありがとうございました。

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